東北大震災のデータ復旧を振り返って

2011年3月11日に発生した東北大震災を振り返って、あの瞬間とわたしという特集が日経ビジネスで企画されて、AOSの佐々木 隆仁社長がインタビューを受けました。

日経ビジネス
喉元過ぎれば・・・「データを失う怖さ」を再認識してほしい

東北大震災から1年経った2012年の3月に震災でお母さんを亡くしてしまった空手少女がお母さんの命日に被災した現場を訪れたところ、お母さんの携帯電話を発見しました。
このお母さんの携帯電話を復旧するという内容が日本テレビの24時間テレビで放送されました。

被災してから1年経ったときに、お母さんの命日にご家族が被災地を訪れたところ、奇跡的に海水に浸かってボロボロになった携帯電話が見つかりました。

誰でも分かるような場所にポンと置いてあったので、恐らく、誰かが見つけて、遺族のものだと思って、分かり易い場所においたのではないかと思います。

見つかった携帯電話

 

これは、お母さんが残してくれた形見だということで、何とか、この携帯電話からお母さんのメッセージを復元できなかということで、AOSの携帯電話復旧サービスにテレビ局から連絡が入りました。

技術スタッフが、携帯電話の中を開けてみたところ、長い間、海水につかって放置されていたのか、基板の腐食がかなり進んでおり、電源を入れても、とても動作するような状況ではありませんでした。

被災者の携帯電話

被災者の携帯電話

しかし、何とか復旧して欲しいということで、基板からメモリチップを外して、洗浄作業を行い、専用の装置でメモリダンプを行ったところ、何とか、データの取り出しに成功しました。

今度は、取り出したダンプデータの解析作業が始まりました。携帯電話の構造は、機種毎に違うので、データ解析には、多大な時間がかかりますが、4か月の時間をかけて、何とか、ほどんどのデータを復元することに成功しました。

復元した携帯電話に残されたメッセ—ジを嵐の大野さんが、ご家族の元に届けました。

復旧したデータを家族に届ける

復旧したデータを家族に届ける

そこには、娘の早希ちゃんに力をくれるお母さんの言葉が残されていました。

復旧したお母さんのメール

復旧したお母さんのメール

「お仕事ご苦労さまです。お体はどうですか?」
何てことのないお母さんのメールにも家族の優しさが溢れていました。
(お父さんのコメント)
お父さんにメールを送るのに、いつも、「ご苦労さまです」が入るんですよ。
復元した携帯電話の中には、子どもたちの成長の記録が写真として残されてました。
その中に、娘の早希ちゃんに力をくれる一枚の写真が残されていました。

お父さんのコメント

お父さんのコメント

空手姿の早希ちゃんの写真です。

空手姿の早希ちゃん

空手姿の早希ちゃん

空手の大会で優勝したて、母は、とっても嬉しいですと喜びのメールを送っていました。
お母さんは、いつも子どもたちを見守っていたのです。
復旧出来たデータは、通話履歴、電話帳、メッセージ、デジカメ写真のデータとなります。
テレビでは放送されませんでしたが、送られていたメッセージの中には、東北大震災の3日前にも地震速報や津波注意報などが入っていました。3月3日は、訓練のための大津波警報なども送られており、防災対策が事前に実行されていた痕跡もありましたが、今回の震災で十分に生かされなかったことが悔やまれます。
携帯電話の復旧作業は、技術的に難しく、費用と時間がかかりますが、復旧に成功すると、このように破損が激しい状態からのデータも取り戻すことができます。

震災で多くの家屋が津波に流されてしましましたが、このような大災害でパソコンを持ち出せた方は少なく、数多くのパソコンが津波に流されてしまいました。
AOSのデータ復旧サービスのスタッフも現地に行って、支援活動を展開しました。

被災地でのデータ復旧サービス

被災地でのデータ復旧サービス

実際に数多くの津波で流されてしまったパソコン、ハードディスク、ビデオレコーダーなどが持ち込まれて、復旧作業を行いました。

被災したパソコン

被災したパソコン

被災したハードディスク

被災したハードディスク

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