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データ命

七福神

何か、こう、
「最近どうも、ついてないなあ…」
と思う時がありました。
そんなどんより気分で、救いを求めて周囲を見渡すと……

ぶらりと歩いて出会った骨董市のウィンドウ。
七福神の小さいのが並んでいた。
何かこう、惹きつけられるオーラを感じた。

多少値が張ってはいたが、、
最近の運の弱さを払拭できるかもしれないと、
ここは思い切って、買ってみた。

しかし、家に帰って袋を開け、並べてみたら…

あれ? 6人しかいないよ…七福神や。


うーむ、
来年も何やらついてない気がしたんですけど。

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ついてない、どうしてこんな…、信じられない!
そんな理不尽な思いは、お電話から伝わってきます。

昨日まで元気に動いていたPC、スマホ、デバイスたち…
何故にいきなりのストライキ。
応えて、お願い、もう一回動いてよ!
〆切が迫っているのだよおおおおお!

悲痛な叫びも、元気にもどって来たデータたちに、
再び出会える時が来れば、歓喜の声に変ります。

ええ、「お客様のデータを命のように…」

救急救命士のごとく、
わたしくしたちのお仕事は、そんな思いを背負いつつ…

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復旧Y.W.

組織図

日本データ復旧サービスセンターでは、
コンサルチームが電話受付、フリーダイヤルにてお客様と直接ご相談し、
技術おたくの復旧チームがお客様のデータを調査、診断、復旧し、
完璧主義の物流チームが媒体を解体、組込、管理、梱包と、
淀みのない流れで、お客様の大切なデータをお手元へと、届けさせていただいています。

前回、前々回の紹介に引き続き、今回も弊社のメンバーを紹介いたします。
復旧チームのリーター、Wさんです。

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魚釣りが趣味のWさん。

物流チームから引き受けた記録媒体を受け取り、
データ復旧を行うのが復旧チーム。
物理的な復旧が必要になるのか、
論理的な復旧が必要になるのか、
一つ一つお客様の記録媒体を確認して判断し、
必要な工程をふまえてデータ復旧を行います。

埋め尽くされるほどのPCと精密機器の中で、
技術員達が黙々と作業をしていますが
コンサルチーム・物流チームとの連携も必要になりますので、人の出入りは激しいです。
Wさんの手によって調査媒体からデータが復元され、
納品媒体にライティング(書込み)が行われます。
お客様の大切なデータはしっかり復元されているのか、
その確認をするのもWさんのお仕事の一つ。
まさにWさんは、実際に復旧作業を行っている技術員達の要の一人です。

どうすれば効率的にデータ復旧を行えるのか
お客様が必要とするデータを確実に復元するためにはどうすれば良いのか

別チームとの連携を組みながら
Wさんは日々、試行錯誤を繰り返して復旧業務に取り込んでいます。

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全国津々浦々

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データ復旧のコンサルタントとしてお仕事をしていると、
毎日、老若男女問わず(比喩ではなく本当に!)
色々な方々とお話しさせていただいています。

また、北海道から沖縄まで全国各地からお電話を頂きます。

鳥取生まれの(東京育ちですが)私は、
鳥取の方から電話をもらうとなぜか仲間意識が・・。
オフィス目の前にあるスタバを見ては思いを馳せ、
祖父母を思い出して、にこやかになります。

時々、
「ごめんさいね、わからないわよね~」
「標準語で、なんていうのかわからない」
というお話をされる方もいらっしゃいますが、ご心配なく。

私どもは標準語を心がけておりますが、
関東圏以外にも、沖縄、鹿児島、大阪、名古屋、鳥取、高知、岐阜、
静岡、長野、宮城、青森、北海道、
全国各地から集まっているチ-ムです。
きっと馴染みのある地域の出身者がおります!

データのことでお困りでしたら、どうかお気軽にお問い合わせくださいませ。
オフィスが東京で、
そこは遠いよ、とお考えになる方もいらっしゃるかもしれませんが、
お気持ちは傍にありますので。

P.N 北栄町。

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東北大震災のデータ復旧を振り返って

2011年3月11日に発生した東北大震災を振り返って、あの瞬間とわたしという特集が日経ビジネスで企画されて、AOSの佐々木 隆仁社長がインタビューを受けました。

日経ビジネス
喉元過ぎれば・・・「データを失う怖さ」を再認識してほしい

東北大震災から1年経った2012年の3月に震災でお母さんを亡くしてしまった空手少女がお母さんの命日に被災した現場を訪れたところ、お母さんの携帯電話を発見しました。
このお母さんの携帯電話を復旧するという内容が日本テレビの24時間テレビで放送されました。

被災してから1年経ったときに、お母さんの命日にご家族が被災地を訪れたところ、奇跡的に海水に浸かってボロボロになった携帯電話が見つかりました。

誰でも分かるような場所にポンと置いてあったので、恐らく、誰かが見つけて、遺族のものだと思って、分かり易い場所においたのではないかと思います。

見つかった携帯電話

 

これは、お母さんが残してくれた形見だということで、何とか、この携帯電話からお母さんのメッセージを復元できなかということで、AOSの携帯電話復旧サービスにテレビ局から連絡が入りました。

技術スタッフが、携帯電話の中を開けてみたところ、長い間、海水につかって放置されていたのか、基板の腐食がかなり進んでおり、電源を入れても、とても動作するような状況ではありませんでした。

被災者の携帯電話

被災者の携帯電話

しかし、何とか復旧して欲しいということで、基板からメモリチップを外して、洗浄作業を行い、専用の装置でメモリダンプを行ったところ、何とか、データの取り出しに成功しました。

今度は、取り出したダンプデータの解析作業が始まりました。携帯電話の構造は、機種毎に違うので、データ解析には、多大な時間がかかりますが、4か月の時間をかけて、何とか、ほどんどのデータを復元することに成功しました。

復元した携帯電話に残されたメッセ—ジを嵐の大野さんが、ご家族の元に届けました。

復旧したデータを家族に届ける

復旧したデータを家族に届ける

そこには、娘の早希ちゃんに力をくれるお母さんの言葉が残されていました。

復旧したお母さんのメール

復旧したお母さんのメール

「お仕事ご苦労さまです。お体はどうですか?」
何てことのないお母さんのメールにも家族の優しさが溢れていました。
(お父さんのコメント)
お父さんにメールを送るのに、いつも、「ご苦労さまです」が入るんですよ。
復元した携帯電話の中には、子どもたちの成長の記録が写真として残されてました。
その中に、娘の早希ちゃんに力をくれる一枚の写真が残されていました。

お父さんのコメント

お父さんのコメント

空手姿の早希ちゃんの写真です。

空手姿の早希ちゃん

空手姿の早希ちゃん

空手の大会で優勝したて、母は、とっても嬉しいですと喜びのメールを送っていました。
お母さんは、いつも子どもたちを見守っていたのです。
復旧出来たデータは、通話履歴、電話帳、メッセージ、デジカメ写真のデータとなります。
テレビでは放送されませんでしたが、送られていたメッセージの中には、東北大震災の3日前にも地震速報や津波注意報などが入っていました。3月3日は、訓練のための大津波警報なども送られており、防災対策が事前に実行されていた痕跡もありましたが、今回の震災で十分に生かされなかったことが悔やまれます。
携帯電話の復旧作業は、技術的に難しく、費用と時間がかかりますが、復旧に成功すると、このように破損が激しい状態からのデータも取り戻すことができます。

震災で多くの家屋が津波に流されてしましましたが、このような大災害でパソコンを持ち出せた方は少なく、数多くのパソコンが津波に流されてしまいました。
AOSのデータ復旧サービスのスタッフも現地に行って、支援活動を展開しました。

被災地でのデータ復旧サービス

被災地でのデータ復旧サービス

実際に数多くの津波で流されてしまったパソコン、ハードディスク、ビデオレコーダーなどが持ち込まれて、復旧作業を行いました。

被災したパソコン

被災したパソコン

被災したハードディスク

被災したハードディスク

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